贈る言葉 (た行)

東京アナウンスセミナー卒業生が後輩へ向けて贈るメッセージを紹介します。(敬称略)

高木 直人 【2期生】

 私は開校以来、永井先生が最も頭を悩ませた生徒の一人だったと思います。
 その頃の私はとても自信過剰な学生で、真剣にフジと日テレのどちらを断るか悩んでいました。しかし、アナウンサー試験に落ち続け、 結局就職留年。二年目も落ち続けました。天を指していた鼻には土がつき、試験から逃げ出したこともありました。しかしその度に永井先生の 「高木君は絶対受かります。私は信じています」という言葉に励まされてきました。
 そして二年目の初夏、現在勤めている放送局から内定をもらいました。その日教室のドアをあけ、私が「内定です。」と言うと、私より早く 先生の目から涙がこぼれ落ち、二人で泣きながら抱き合ったことは忘れられません。
 二年間の就職活動の中で、辛いことや苦しいことはたくさんありました。しかし、それ以上に多くのことを学びました。友達の大切さ、謙虚な心、 努力の大切さ。そして何よりも人生の中で「学校」と呼べる場所と「先生」と呼べる人に会えたことが何より幸せでした。
 先生、僕は長野で頑張ってます。

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高蝶 恵介 【7期生】

 私と永井先生の出会いは各局の夏のセミナーが始まってからでした。
 セミナーで出会った友人に誘われるがまま、興味本位で一度訪ねたときのことです。東京アナウンスセミナーには同じ夢を目指す 「ライバル」ではなく『仲間』がたくさんいました。初対面なのに長く友人であるかのように温かく迎えてくださった仲間たち、 先生のカウンセリングを熱心に受けている仲間たち、発声練習に一生懸命励む仲間たち。私はたくさんの刺激と衝撃を初日にして受けました。
 以来、できる限りアナウンスセミナーに通うように心掛け、仲間たちと切磋琢磨しました。そして、次々と始まる本試験に落ちていくなかで この仲間たちと永井先生は本当に心の支えとなってくださいました。一つの局に落ちるたびに落ち込んでいた私を先生の「大丈夫です。 一緒に頑張りましょう」という言葉が包んでくださり、立ち直ることができました。もし、一人で試験に挑んでいたらと考えるとゾッとします。
 東京アナウンスセミナーでは言葉遣い、心遣いを学ぶとともに、何より自分自身について知ることができます。それが内定への一つの 鍵なのではないでしょうか。
 本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。

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高橋 朋弘 【7期生】

 私が東京アナウンスセミナーの門をたたいたのは、7月中旬頃。
 「アナウンサーになる!」という夢を追いかけ、自分を信じて全国を駆け巡り、内定を頂いて1ヶ月が経とうとしている時でした。 内定は頂けたものの、それまで多くのセミナーや試験で指摘を受けたことを克服出来ないままでいた自分を不安に思い、自分をもっともっと磨こうと、 アナウンスセミナーに入りました。私は、特にフリートークを苦手としていました。話そうとすることがうまくまとまらず、途中でとまってしまったり、 時には早口になってしまったり……。そんな時でも永井先生は、ノートをつけ自分の意見をまとめることを始め様々なアドバイスをしてくださり、 カウンセリングでフリートークがボロボロになってしまった時でも「一緒にがんばりましょう!」と、やさしく支えてくださいました。 「明日13 時過ぎごろ、学校来られます?」と言っていただき、夏の日差しが照りつけるお昼過ぎ頃、学校へ行き、先生にフリートークを見て いただいたこともありました。こんな私のために時間を割いてくださり、親身になって対応してくださる先生が嬉しく、涙したこともありました。
 先生のたくさんの支えがあり、新人一年目の4月から番組を任せて頂くことが出来ました。アナウンスセミナーにはいつ顔を出しても元気よく 発声練習している仲間たちがいて、苦しいときには支えあい、嬉しいときには一緒になって自分のことのように喜んでくれる仲間たちがたくさんいました。 本当にあったかい家族でした。アナウンサーとして最高のスタートが切ることできたのも、アナウンスセミナーの仲間たち、庄やさん、授業でお世話になった 月岡先生、永井先生のおかげです。ありがとうございました。
 「永井先生!先生からフリートークで教えていただいたことは、自分が心から伝えようとする熱い気持ちと度胸だと感じました。苦しいときには、 本当に短くてでも充実した9ヶ月間を思い出してがんばります!ありがとうございました!!」

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滝沢 雄一 【4期生】

 中目黒駅から徒歩3分に位置する細長い4階建ての平凡なビル。その1、2階の小さな部屋が私の夢をかなえる大きなフィールドでした。
 夢とはアナウンサーになることです。そしてそこには、夢をかなえる手助けを惜しみなくしてくれる一人の先生がいます。
 永井譲治先生です。誰に対しても優しく、厳しく接してくれる先生は、太陽のような輝きを放って私たちを心の底から支えてくれました。 その結果、私は先生と出会ってわずか3ヶ月で内定を取ることができたのです。
 私が永井先生と初めてお会いしたのは大学5年生の6月を迎える頃。大半のアナウンサー試験が終わっていて、もうあきらめかけた時でした。 しかし、先生と語り合った時から私の目はやる気に満ち溢れました。「あきらめることほど悔しいことはない」と強く思いました。先生に言われたことは とても簡単なことでした。「今からでも大丈夫です。あきらめないで下さい。一緒にがんばりましょう」その先生の飾らない励ましの言葉に私は涙を こらえることができませんでした。初めて会ったとは思えないような、一瞬で人の心を温める先生の思いやりで私は生き返ったのです。
 それからの東京アナウンスセミナー生活は、大変充実した日々でした。共に学び、笑い、叫び、飲み、励ます……、一緒に夢を追いかける友人、 先生との夏は、あっという間に過ぎ去りました。悔しい時も苦しい時もアナセミがあるからすぐに立ち直れました。家族のような空間がそこにはありました。 そして迎えた9月の中旬。現在の会社から採用の電話がかかってきたのです。今から思えば、先生と出会ってからの3ヶ月で私はかけがえのないものを 取り戻していました。夢、希望、勇気……。この力が内定につながったのだと思います。
 私の夢物語はまだ始まったばかりです。ただ、その第1章はまぎれもなく中目黒にあります。もし、これを読んだ方は迷わず東京アナウンスセミナーの 門を叩いて下さい。そして永井先生に会って下さい。全てがわかるはずです。

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武岡 智子 【1期生】

 私が先生の所を訪れたのは、第一志望の局を受けている途中でした。
 次々と試験が進むものの、心の中はいつ落とされるか不安に潰されそうでした。そんな時先生は、私と同じように一緒に苦しみ、 そしてOBの紹介や模擬面接など出来る限りのサポートをして励ましてくれました。
 とうとう迎えた最終面接。女性5名のうち受かるのは2名。高校時代からどうしても入りたかった局。緊張で全身の感覚がないくらいでした。 しかし、残念ながら結果は不合格。目の前が真っ暗になって、この局に入れないのなら、もうアナウンサーを目指すのはやめようと思いました。 しばらく家にこもっていたのを覚えています。これまでにないくらい落ち込みました。
 しかし、今実際新潟という土地でアナウンサーをしているのは、先生のお蔭です。私のやりたいことをしっかりと覚えていた先生は、 新潟の試験が始まろうとしている時、こんな局はどう?と、その局に関する様々な情報を教えてくれたのです。新潟という土地に関心がなかった私は、 先生からの情報がなければ受けていなかったでしょう。そして、今アナウンサーという職業についていたかも分かりません。アナウンサーに なるためには、ほとんどの人が、情報と人とのつながり、そして努力を必要とします。この学校には、その全てが揃っています。今でも、 全国で活躍している仲間の様子を知るにつけ、なんとも言えないうれしさを感じます。今のこの充実した時間を過ごせていることに感謝しています。
 これからも、先生と私たちの後輩なる人達の活躍をお祈りします。

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竹下 裕理 【社会人】

 「アナウンサーになりたい」と思い受験を始めたのは大学を卒業してから3年経った時でした。
 ふつうなら遅すぎると思ってしまうところですが、私が永井先生のところを訪ねた時、「大丈夫ですよー」と言ってくださいました。その言葉を信じ、 私の本格的なアナウンス受験が始まりました。盛岡、山形、富山、金沢、静岡と続けて面接があり、これが落ちつづけた時はさすがにへとへとでした。 半分意識がなく?自信をなくし庄やに向かいました。その時先生は「塞翁が馬ですよ!」と言って下さいました。なぜが先生の一言で、頑張るぞ!! とまたパワーが湧いてきました!
 その2日後、地元前橋の受験でした。前の週の落ち込みはなく、受験の前の日は不思議にもワクワクしていました。当日の面接は笑顔で締めくくることが できました。次の日内定の電話を頂き、先生に即「受かりましたー!」と電話しました。先生は、本当に心から喜んで下さいました。そして、その時 アナウンスセミナーに来ていた後輩も電話の向こうで喜んでくれました。私ってなんて幸せなのーと実感した瞬間です。
 受かったことはもちろん嬉しかったですが、一緒に喜んでくれる仲間がいることがとっても嬉しかったです。入局して1年が経ちますが、今私は 生きがいを感じています。

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田島 葉子 【1期生】

 「私は、アナウンサーなんだ!!」金沢に住んで丸2年。4月で入社3年目を迎える今も、そう、幸せを噛みしめる瞬間が、毎日あります。
 これまで高校受験や大学受験など、なかなか思うようにいかなかった私は、中学校1年生の時から10年間思い続けていた夢も、きっと叶うこと はないのだろうと弱気になっていました。そんな時、永井先生に出会い、アナウンスセミナー(以下 アナセミに省略)に出会いました。
 アナセミは、「念ずれば花開く」諦めなければ、夢は必ず叶うということを初めて実感させてくれた場所です。諦めずに突き進んだ私の仲間たちは、 見事に夢を現実のものとしていきました。アナセミには、愛のある先生と、同じ夢を持つかけがえのない仲間がいます。とにかく、愛に溢れています。
 私はアナセミで、一生ものの出会いと一生ものの経験を得ることができました。これからも、全国で活躍している仲間たちと励まし合い、 夢に生きていきたいと思っています。夢を持っていることはとても素敵なことです。でも、その夢をスタートさせられることは、もっと素敵なことだと思います。

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立石 典子 【社会人】

 何百人といる永井先生の教え子の中でも、時間的にも密度的にも、私ほど永井先生のお世話になった(煩わせた?)生徒は他にいないんではないかと 自負(?)している者の一人です。
 世の中に向き不向きというものがあるのなら、たぶん私は、アナウンサーには向いていない方に属する人間であろうと思います。でも、なぜか、今、 私は局アナをやっています。ありきたりだけど、本当にそれは永井先生と出会えたからだとしか思えません。先生がいなかったら、私は「アナウンサーに なりたかった女の子」の一人でした。局アナになった今でも、「やっぱり向いていない」と大いに悩みます。なったらなったでパニックを起こしそうに なるほど悩み苦しみ、それは尽きることはありません。でもそれは、誰だって通る道。そう考えられるのも、永井先生がくださった暖かいお言葉が 私の中にはちゃんとあるからだし、また先生の教え子である全国のたくさんの先輩アナウンサーの姿を身近に見てきているからだと思うんです。
 「やりたいけど、でも出来ないだろうな」と考えてばかりの私の背中を、永井先生が押してくださった。夢を見ること、そして努力してそれを叶えることの 重要さを先生に教わりました。この先なにがあっても、それは私の財産だと思っています。

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田中 良幸 【2期生】

 2001年8月31日、それは忘れることのない日になりました。
 その日はいつもと変わらず、アナウンスセミナーで永井先生にカウンセリングを受けていた。カウンセリングが終わり、隣の部屋にいると 突然携帯電話が鳴った。出てみると「採用です!」の一言・・・。喜び以上に「長かった」という気持ちを抑えることができなかった。
 大学3年の9月、私はアナウンスセミナーに入った。当時、アナ試験は何とかなると根拠のない自信みたいなモノがあったのかもしれない。 しかし、キー局、準キー局の試験が終わりほとんど結果の出せない自分がいた。それからは毎日1時間近くの発声練習、中目黒までの電車では 筆記試験の勉強や電車の窓から見える風景の実況をしていた。映画を見たり買い物をしていてもフリートークや作文のネタを考えるようにしていた。 しかし、それでもなかなか結果を残すことはできなかった。正直、自分はアナウンサーになれないかもしれないと夜一人で悩んだこともあった。 それでも毎日努力し続けた。永井先生の「アナウンサーは才能ではなく努力でなるもの」この言葉を信じて。
 この1年は、今まで生きてきた中で一番辛いモノだった。もちろん試験を通じて友人がたくさんできること、全国のいろいろな特産物を食べることが できることなど良いこともあった。しかし、全国を駆けめぐるという肉体的な辛さはもちろん、試験に何度も落ちるという精神的な辛さがこたえた。 もうスーツのシャツが半袖に変わっていた。受けた局は40社を超え、交通費とネクタイやシャツなどの雑費の合計は60万円を超えていた。
 そんな中、8月31日。いつものようにカウンセリングに行き、聞いたあの一言。念願の一言を聞いた喜びよりも、なぜか今まで頑張ってきた日のこと、 辛かったこと、悲しかったことを思い出してしまった。私にとってこの日はもちろん、この就職活動をした一年は、きっと忘れることはないだろう。 そう断言できるくらい私の人生においてかなり激動の期間であった。しかしそれを乗り越えることができたのはあの先生の言葉があったからである。
 最後に一言「永井先生本当にありがとうございました!!」

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田部井 肇子 【社会人】

 2004年4月、1期生の方の紹介で初めて東京アナウンスセミナーへ足を運びました。
 学生時代からアナウンサーを目指していたのですが、キー局は全て書類落ち、地方局もほとんど書類落ち。何の努力もしないまま大学を卒業し、一般企業で 働いていました。しかし、どうしてもアナウンサーになる夢をあきらめきれず、アナセミへ通う決心をしました。
 アナセミでは「前向きに生きることの大切さ」を学びました。学生時代の私は「アナウンサーに本当になれるのだろうか」という不安でな気持ちで いっぱいだったのですが、アナセミで勉強するようになってからは「絶対アナウンサーになるんだ!」という前向きな気持ちに変わりました。 以前に永井先生から試験の前日に「面接に受かる気で行かなければ内定できませんよ」と言われたことがあります。その言葉にすごく納得し、それからは 「絶対に受かるぞ」という気持ちで試験に臨みました。
 また、アナセミには社会人クラスの仲間が沢山いたこともとても励みになりました。仕事をしながらのアナウンス受験は、精神的にも体力的にもとても大変です。 月曜日から金曜日までは会社に行かなくてはいけません。会社の昼休みや睡眠時間を削って履歴書を書き、土日は地方局の試験。どんなに辛くても、 社会人クラスの仲間も頑張っているのだから自分も頑張ろう!と前向きに進んできました。その結果、2008年4月にキャスター・番組制作職で内定をいただく ことができました。

 2008年の6月に入社し、それからもう2年が経とうとしています。取材・原稿作成・編集などに追われる毎日ですが、とても充実しています。 これからもアナセミで勉強したことを忘れずに、明るく、心を持って、一生懸命頑張っていきたいと思います。
 永井先生、本当にありがとうございました。

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坪山 奏子 【6期生】

 数十社に及ぶ長い就職試験の途中、私はアナウンサーに向いていないのではないかと何度思ったことかわかりません。
 そんな私に、「向き不向きより前向きに」努力すれば、花は開くと教えてくださったのが、永井先生でした。 「回り道をした人の方が、 回り道をした人の気持ちがわかるアナウンサーになれます。人の心の痛みがわかるアナウンサーになるよう、頑張ってください」と。そして、納得が いくまで試験対策をしてくださったり、先生のヒューマンネットワークを駆使してOB・OGを紹介してくださったり、落ちても受かっても暖かく 励ましてくださったり、私が「前向き」に頑張れるよう、いつも手を差しのべてくださいました。
 また、アナセミの先輩や同期・後輩の方々は皆、心から思い遣りあえる「仲間」となってくださいました。内定の瞬間あふれ出てきたのは、 感謝の気持ちです。私がアナウンサーになれたのは、なれるまで前向きに頑張れたのは、永井先生と永井先生の築いてこられたアナセミの「仲間」 のおかげに他ならないからです。今後は人の気持ちのわかる、心あるアナウンサーになるべく努力し続けることが、永井先生と仲間への恩返しだと 思っています。
 後輩の皆さん、これだけは本当です。あきらめず努力した人でアナウンサーになれなかった人は、アナセミにはいません!!永井先生と仲間と共に、 最後まで頑張ってください!

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釣井 由美 【社会人】

 「自分を信じること!!」それが一番大事だと思います。
 「喋りの仕事」を夢見て、12年目にやっと花が開きました。昨年の4月「今動かないと何も変わらない」と思い、片道12時間の夜行バスに揺られ、 高知と東京を週末に往復し、アナウンス学校に通い始めました。
 年齢24歳。短大卒業。社会人だった私は、受験できるところも限られていました。今回合格するまでもほとんどが書類選考落ちで、一次試験まで 行けたのはたったの2社だけでした。先の見えない状況でした・・・。
 合格した放送局の試験では、とにかくまず宮崎を知ろうと前日入りをし、観光に時間を使いました。自己PRもまともに言えなかった私は、その分 初めての宮崎で感じたことを正直に言おうと面接に臨んだのでした。
 合格通知のとき「受かると思わなかったでしょ」と笑いながら言われたのですが、まさにその通り。でも、嬉しいことにそのままの自分をみて くれているところが必ずあるんですよね。
 皆さん、「想いは必ず通じます」自分を信じて頑張って下さい。

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豊田 瑠衣 【2期生】

 ~アナウンサーになりたいと思っているすべての方へ~
 アナウンサーになりたい!!!!!でも現実はかなり厳しい・・・と気づき始めた私が出会ったのが『いまを生きる~されどアナウンサー~』 永井先生がお書きになった一冊の本でした。すがるような思いでその本を読み、先生に電話をして学校に会いに行きました。不安でいっぱいだった 私の話の一つ一つに耳を傾けてくださる先生、初対面にもかかわらずやさしく接してくれる生徒たち。
 「よし!ここなら頑張ってやっていけそうだ!!」早速、次の日からアナウンスセミナーへ。それからというものの、毎日のようにアナセミに通いました。 どうしようもなくて泣き出してしまった時も、試験で疲れ果てた時もいつでも永井先生と仲間たちは私を支えてくれました。
 早すぎるということも遅すぎるということもありません。まだ大学一年生でも、あるいは既に社会人でも大丈夫!!どうしようと思っている方、 まずはアナセミに電話をしてみてください。このホームページをみている時点であなたは夢に一歩近づいています。電話をかければ二歩近づきます。 アナセミのドアをたたけば・・・さぁ、勇気を出して!アナセミは、永井先生は、たくさんの仲間は、あなたの夢をきっとかなえてくれます。
 ホームページ冒頭でもありました、「出会いは人生を決める」・・・ちょっぴり結婚相談所みたいですが、、、でも確かにアナウンサー試験はお見合い みたいなもの。自分とその放送局が合うかどうか。そのお見合いのお手伝いをしてくれるのがアナセミなのです!!
 私は永井先生のおかげでお見合いに成功し、いま鹿児島で幸せに暮らしています。これを読んでくださったあなたもお見合いに成功しますように・・・。

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